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鉄道高架と都市づくリ

松 田  吉 正

帯広市都市環境部整備調査課調査係長

 

 帯広市の連続立体交差事業につきましては,これまで北海道はじめ北海道開発庁,建設省さらには, 日本国有鉄道の深いご理解を賜りながら準備のための前段調査を進めてきたところでありますが,今回,事業の実施主体であります北海道において昭和61年度の北海道開発予算の概算要求項目として取り扱っていただくこととなり,具体化に向けて一歩踏み出したものと存じ,深く感謝を表するところであります。
 また,市民およびマスコミ等においても街づくり事業としての連続立体交差化に寄せる期待も殊に大きく,一大プロジエクトの成功に向けて気を引き締め直して取り組みを進めなければならないものと存じます。
 今回,北海道交通研究会の方で「我がまちの交通」というテーマで特集を組まれるにあたり,帯広市の連続立体交差事業に注目していただきましたことは,誠に有難く感謝申し上げます。
 これを機会に交通研究会の会員の皆様より帯広市の連続立体交差事業等街づくりに対するご意見等をいただければ幸いに存じます。
 鉄道高架と都市づくりというテーマを授けられましたので帯広の開拓と交通の歴史から順次申し述べてまいりたいと存じます。

1・ 帯広の関拓と交通の歴史
 
帯広市は,明治l6年伊豆国那賀郡大沢村(現在の静岡県松崎町)出身の依田勉三が率いる晩成社一行16人の入植により歴史の一頁を刻しました。
 晩生社は,十勝野に一大農業王国を築き上げようとの計画をもち,開懇計画として15ケ年て1万町歩を見込んでおりましたが, 10年間で30万歩と供水や大蛙害,霜害など北海道の苛酷な自然条件等の中にあって, 「貧困の極みが豚とひとつ鍋」と詠ったように思うような業績を上げることが出来ず入植10年足らずで雲霧散消した観がありますが,今日の帯広・十勝を築く礎であったことは, まぎれもない事実であります。
 その時代の帯広の交通機関は,わずかに十勝大津まで上り下りする丸木舟しかなかった訳でありますが,陸路1本があったなら晩成社の業績はもっと違ったものであったであろうと考えられます。
 帯広の道路網は,今日碁盤目状に整然と区画されておりますが,これは,明治24年北海道庁によって,帯広を基点として帯広・十勝の植民地区画を始めたことによるものであり,九百間四方を大画,参百間四方を中画とし, これを六分割したものを小区画として,移民に1戸分として貸付地したことによるものであります。また,将来の大農業地帯十勝の中央市場として位置付けられた帯広は,最初から都市としての機能を備えるため,明治26年に市街地区画が行なわれたものであり,現在の石狩通(国道38号)と大通(国道236号)の交差点と基点として, 60間を大区画とし,中央部に6間の道路用地をとり東西に2分, それぞれを6間間隔で10等分したものを1戸分(162坪)とし,大区画を条,丁目としたものであります。更に12間幅の火防線を配置するなど近代的な都市設計しており,鉄道線予定地や停車場の予定地も見込んだ計画でありました。
 一方,帯広の市街地づくりや十勝縦断道路(明治25年)の建設に大きく貢献し,帯広の発展の先駆的役割をはたしたのが北海道治監十勝分監(十勝監獄)であるが,この監獄の主目的は農業であり, 一大農場としての畑地の他に鉄道の見込地等を含めて開懇するなど帯広の発展に大きく寄与したといえます。
 帯広を一層飛躍させる大きな足掛りとなったのは,旭川,釧路間の鉄道の建設であり, 明治33年に着手し,帯広釧路間は同38年に開通,同40年には狩勝トンネルの難工事も終り,全線開通となったのであります。
 この鉄道の開通によって,十勝・帯広の農業をはじめ商業,文化等は、著しい発展を遂げることになったのであります。
 また,明治44年には,函館釧路間直通列車の運行開姶,大正2年には,滝川富良野間が開通し,開拓当初は,何ケ月もかかった東京までの旅は,大巾に短縮され,当時としては夢の様な話しであるとしておりますが,実に3日間を要するものでありました。
 更に大正14年に士幌線,昭和4年に広尾線が相ついで開通し,帯広を中心として四方に鉄道網が完備され,昭和40年代の一旅客及び貨物の輸送に変革が表われるまで鉄道輸送は,急増を続けたものであります。ちなみに帯広駅における旅客数は,急行,特急の運行開始等により,道東1位の実績を誇り続けたものであり,昭和41年には,十勝の表玄関としての体裁を整えた現在の民衆駅が完成し,同43年には,西帯広に貨物駅が完成しております。
 一方、道路網の整備について申し上げますと,明治29年に音更街道,広尾街道が出き,明治32年には石狩街道が開通し,函館から根室まで道路が通じたものであります。道路行政を司どる役所として現在の帯広土現の前身である河西土木派出所の開設とともに昭和27年の帯広開建が発足によって,帯広・十勝の道路網整備は,急速な発展を逐げたのであります。
 また,昭和39年には,帯広空港(現十勝飛行場)が開設され,東京便,札幌便の就航は, 十勝の産業,経済,文化等に大きな変化をもたらしましたし,帯広・十勝の空の玄関口として新帯広空港が昭和56年に完成ジェット機が就航したのに続き道央圏と最短距離で結ぶ石勝線が同年秋に開通,交通新時代を迎えたものでありますが,現在,北海道横断自動車道の建設が進められており,前途には明るいものがあります。
 以上が帯広のおいたちと交通の発展経過であります。

2. 帯広の市街地の拡大
 
明治30年,十勝国全体を管轄する河西外六郡役所が帯広に設置されたのを契機に十勝の先道地としての広尾.大津を凌ぎ行政の中心としての地位を確立, 人口が約千人となり, その後次々と官庁が新設され,中心市街地としての体裁が揃ってまいりました。
 さらに,鉄道の開通によって市街地は,駅に近づいていく形で南方向に拡大し,大正4年には,人口約8千5百人となり全道52番目の一級町村に, さらに昭和8年には人口約3万2千5百人となり,道内で7番目に市制をしいたものでありますが,町から市への昇格は,帯広が初めてのことであるから異例の発展でありました。
 また,帯広市の行政区域は50.71kmと非常に狭いなかで発展してきましたが,昭和32年に川西村,大正村との合併により,人口約9万7千,面積は現在と同じ617,95km2となり,市の行政区域は日高山脈まで,南に長靴型となったものであり,その後市街地も鉄道を越えて南側に急速に発展してまいりました。
 市街化、区域とDIDの変遷をみてみますと,市街化区域面積は,昭和45年約3千百haであったものが現在では約3千8百haに拡大しておりますし, DID面積については,昭和35年に710 haしかなかったものが昭和5 5年では, 3,030haと約4.5倍と増加しております。
 鉄道による交通渋帯を解消するため,昭和33年に大通(国道236号)の誇線橋,同36年に国道38号の十勝誇線橋, さらに同41年には西5条(道道八千代線)のアンダーパスが建設され,市街地交通の円滑化が図られましたが,今日では鉄道以南の人口が70%を越える状態に加え, 自動車交通の増大によってこれらの施設での交通容量も限界を越えております。

3. 鉄道高架事業への取り組み
 
昭和4 8年に駅南区画整理事業第二工区(35.8ha)の事業に着手した訳でありますが, この時点では帯広駅南口の開設と駅南北地下道計画となっており, この事業に際し,一部地権者から鉄道を高架化すべきとの陳情があがったが,市議会において不採用となったところであります。しかし,昭和54年時点になって駅南土地区画整理事業が進み国鉄宿舎他国鉄関連施設の撤去がなされるに至って,経済界において鉄道の高架を検討すべきとの意見が台頭,市は,昭和56年度において帯広市連続立体文差事業調査を市単独費をもって実施したところでありますが, この報告内容をもとに市議会においても鉄道の高架化を進めるべきとの結論が出されたものであります。
 機を一にして民間促進組織として昭和57年に「帯広市連続立体交差建設促進期成会」 (会長宮本義雄帯広商工会議所会頭, 114図体,個人44人)が設立され,建設促進に向けて大きな盛り上がりがあるところであります。

4. まちづくりとしての高架事業
 
連続立体交差事業は, ご承知のとおり,都市に与える影響が極めて大きい大規模な事業であり,単に道路と鉄路が立体的に交差するという交通面の効果のみならず中心市街地の活性化など都市全体の発展に寄与することが重要な目的となっておりますが,帯広市の連続立体交差事業の必要性を項目的に整理すると次のとおりであります。

(1) 踏切道(15ケ所)の解消による事故防止と交通の円滑化
(2) 中央跨線橋(国道236号)の狭陰による交通渋滞の解消と沿線土地利用の復元
(3) 西5条アンダーパスのロードヒーテング(スリップ事故防止)等の維持管理費の節減と幹線道路としての機能強化
(4) 都市計画道路西南大通の単独立体交差新設により想定される問題の解消と都心部交通体系の円滑化
(5) 都市計画道路弥生通(療養所踏切)の都市計画上の課題解消(昭和50年度街路高能率化調査による鉄道の立体化)
(6) 国鉄動力車基地移転による帯広駅の純旅客駅化及び駅南広場の設置による駅口の南北自由通路の確保
(7) 南北連絡道路の配置による都心部交通体系の確立と南北市街地の格差是正
(8) 国鉄用地の開放による駅東部再開発事業の開発事業の開発効果の増進並びに国鉄施設跡地の中心市街地に適した有効利用
(9) 高架下の有効利用(駐車場不足の解消,小公園の配置等によるコミユニケーシヨンスペースの確保etc)
(10)線路敷残余地の緑化道
(11) 都市計画道路の増設(西5号及び西6号)による南北交通の利便性向上
(12) 南北通路の確保による南北市街地の一体化

 以上は,市単独費による連続立体交差事業調査によって明らかにされたものでありますが,加えて,検討課題として,(1)高架化区間内における幹線道路網と将来交通量などの検討,(2)駅周辺部の適正な土地利用と施設整備の検討,(3)交通結接点としての駅周辺部の交通処理問題の検討の3点について課題が上げられたところであります。
 そこで,連続立体交差事業実施に向けた準備調査として国費補助による総合都市交通施設整備計画調査及びこれに関連して市単費による帯広駅周辺土地利用基本構想策定調査を昭和58,59年の2ケ年に亘って実施してぎたところであります。
 交通計画では,帯広駅周辺地区について,道路・交差点等の交通管理の必要性, バス交通対策,歩行者・自転車交通対策,駐車場・駅前広場の整備等が問題点として上げられ,これらの課題解決の基本的方向として,

(1) 自動車交通の主要な動線と歩行者交通の主要な動線については,できるだけ分離する道路体系とする。
(2) 地区内の通過交通を極力排除する一方,地区内の施設利用については,アクセスの向上をはかる。
(3) 地区内に歩行者軸を設定する。
(4) 中量公共交通としてのバス交通については,バスターミナル的機能の整備他利便性の向上をはかる。

 以上, 4つの柱を基本方針とし,道路パターン及び交通の基本計画を土地利用との整合をはかりつつ策定したものであります。
 基本計画の内容でありますが,まず歩行者及び自転車動線として,駅北部のモール化,駅部のコンコースから公園大通, グリーンパークヘ通じる南北軸と南8丁目線の東西軸からなる逆七字型の「都市軸」を設定し,つぎに,外環状としての弥生通及び,中環状としての西南大通等に対した小環状としての「都心リング」を設定しておりますが,これは, 自動車交通について都心部を通過しないで迂回した形でスムースに目的地に誘導する機能をもつとともに,都心リング内は,自動車交通から最終手段である徒歩へのモード転換エリヤとしております。
 つぎに「X軸パターン」でありますが, これは連続立体交差事業によって可能となります駅周辺部の南北連絡幹線と都心部へのアクセスの重要道路とを結ぶ自動車動線であり,都市軸である歩行者動線を分断しないように設定しております。
 「格子状パターン」,帯広市は,先に申し述べたように発生以来,道路網の基本的パターンは格子状でありますが,鉄道の存在によって沿線部等においては一部変則的な道路体系となっておりますが,これを基木型である格子状に直し,街区整形しようとするものであります。
 また, バス交通対策については,都心部を中心として「放射状のバス路線網づくり」とともに都心部施設へのアクセシビリテイの確保,駅周辺での起点性を明確にするバスターミナル的機能施設の設置, さらに朝夕のラッシュ時におけるバス専用路線及びバス優先信号を南北都市軸に設置し,中量公共輸送手段としてのバスの利便性を向上させようとするものであります。
 交通拠点施設として駅の南北にタクシーあるいは自家用者の乗降場等を整備した交通広場を設置するものであります。
 以上に加え駐車場,駐輪場を入れ図に示したのが下図であります。
 土地利用計画においては,連続立体交差事業が具体化された場合には,駅周辺地区における市街地構造が根幹的に変化することが想定され,殊に駅南北の交通の円滑化に対応して,従来のような駅前,駅裏という関係が成立しなくなるものであります。
 そこで,帯広駅周辺地区は帯広市はもとより十勝圏全体の中心市街地として,(1)中心性の維持,(2)豊かな都市文化の創造,(3)十勝圏の中心として圏域の発展への寄与の3つの柱を基本理念としながら現実の集積状況等を踏え以下のような基本方針を設定しております。

(1) 各種都市機能の流動的な集積状況への対応,歯止め
(2) 地区形成の促進
(3) 既存の集積,発展の方向との連続性への配慮
(4)土地利用の整序と高度利用
(5) 連続立体交差事業等,構想されているプロジエクトによる効果の定着

・連続立体交差事業の効果を展望し, これを定着させる方向で土地利用を進める。
・その他,西2条通のモール化構想等,構想されているプロジェクトの具体化を進め,効果 の定着を図る方向で土地利用を進める。

(6) 駅南第2工区内宅地の計画的利用

・駅南第2工区内の宅地を,連続立体文差事業との関連を考慮しつつ計画的に活用する。

 この基本方針に基づいて,土地利用の基本構想を策定したところであり,概略的に申し上げれば,帯広の駅北中心市街地の集積を高め活性化を図るとともに,駅南地区の土地区画整理によって生み出された大規模空間地に業務街や文化・レジャーなどを含めた複合ゾーンを配置しようとするものであり,商業及び業務系の概念図は次のとおりであります。
 以上の土地利用と交通の計画を整合させた。土地利用基本構想の色図をお示めしできれば良いのですが,割愛せざるを得ませんのでご了解を願いたいと存じます。また,連続立体交差事業に関連して行なわなければならない街路事業や市街地整備事業について事業項目につきましては,表に示してありますように,(1)連続立体交差以前の段階,(2)同事業の実施中の段階,(3)同事業の完成以降の段階に区分しておりますが, 21世紀初頭にまで及ぶ事業量となっております。
 最後になりますが,帯広市にとって連続立体交差事業は,千戴一遇の機会であり,事業規模もさることながら今後のまちづくりに非常に大きな影響をもつものでありますので,同事業による効果(ストック,フロー効果)を最大限に活すとともに事業前後における土地利用,市街地整備に観酷を来たさないよう慎重に対応してまいらなければならないものと考えておりますし,住民の十分なる理解とコンセンサスを得ながら事業を進めて参らなければならないものと考えているところであります。

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