身障者など移動制約者の交通と福祉
高 森 衛
は し が き
国連は1976年, 1980年〜1989年を「完全参加と平等」をテーマに国際障害者年を定めた。また,
これに引続ぎ, 1982年12月に障害者の10年を宣言すると共に福祉を促進する
「世界行動計画」を採択した。この実施計画の重要項目に「移動の自由保障」も含まれている。
古代から現在まで,衣,食,住は生活を営むうえでの基本といわれてきた。この三要素も人と物の移動を確保されはじめて達成される。この観点から「世界行動計画」の重要項目に"移動の保障"を掲げたのは理にかなったものである。何故ならぱ人は単に呼吸し,生きることに目標を置くのではないためである。人間の発達は人と人とのふれあい,意志の疎通,情報交換などの積み重ねによって啓発され人間形成される。その一々の動作は移動によって得られるからである。
しかし,これまでの身体障害者,老人など,移動を制約されている人々は,家あるいは施設に閉じ込められた生活を余儀なくされる場合が多く,学び,働く喜び,生きがいを持つ機会もなく過している実情にある。
一方,道内の交通,札幌市をとりあげると,公共交通網は1972年のオリンピックを契機に目覚しく整備されてぎた。
しかしながら個々の交通機関の接点は必ずしも機能的とは言い難く,とくに移動制約者達は交通機関,施設の機能停止した場合ならまだしも,個人自からの身体的能力によって,その機関が運行しているにもかかわらず利用できないことは,日常生活に支障をきたすばかりか社会から隔離され,生存権もおびやかされる現状にある。
移動制約者には恒久的な者と一時的な者に大別され,前者はいわゆる身体障害者福祉法にもとずく身体障害者と老人である。後者は一時的な病気,怪我.妊産婦などが該当する。これらの移動制約者は昭和56年4月,札幌市で全人口の9.4%に達しており,今まさに高齢化社会に突入している現在早急な対応を迫られている。
このようなことから,本文は札幌市において移動制約者の交通実態調査を行なった結果をもとに交通機関の問題点を述べるものである。
1.身体障害者の交通問題とのかかわリ
ここでいささか横道にそれるが身障者の交通上支障となる一例を上げよう。筆者はこの問題に直接かかわるきっかけとなったのは,約16年前病気治療のために使用した抗生物質カナマイシンの副作用によって重度の難聴になってからである。
ご承知のように公共交通機関であるバス,鉄道,地下鉄などの情報のほとんどは音声案内となっており,難聴者には全く用をなさない。例えば,慣れたバスのコースを利用するとき,
目的地を窓外の景色で判断する。しかし,窓の曇っているとき,或は夜間,判別困難であり乗り越したり,手前で降り,無駄な時間と料金をとられる。初めて土地は出発前に詳しい地図を頭の中に叩き込み,
さらに何番目の停留所に降りるかを調べる。それほど用心しても途中,乗り降りの客のないとき順番はずれ込む。まさに全身を目にして窓外に神経を集中することになり,本来の仕事を遂げる前に疲れてしまう。
一方,我身の不便さから他に目を転じると,盲人,肢体不自由者,老人,幼児を抱えた人,など困難とするところは異なるものの,公共交通機関を利用するとき様々なハードルが立ち塞いでいた。これら困難な箇所を改善する要望は,
それぞれ同類の障害を持つグループ達が交通管理者にときおり訴えている。だが,聞き置く程度で一向に改善の実効は上っていない。それは何故か。小数のために大きな投資をすることに市民のコンセンサスを得られるかのためらいと,
また,グループ毎の要望を採り入れると障害者間に新たな不都合を生じること,身障者および移動制約者の実態を把握していないことなどにあると考えた。
障害者グループは概して同類のハンディを持つ人の集合が多く,
これらのことから自分達以外の症状に理解も低く,感心も払わなければ,どのような不都合さを持合せているかを知っていないこと,個々の要求を通すと新たなハードルを作り出すことに気付かない例が多々ある。
このようなことから,
自身のハードルを取り除くことばかりでなく,市民全体のこととして捉え,障害者間の矛盾を排除し,整合性のある対策でなければ説得力も実現性も弱いと考え.移動制約者の安全でスムーズな交通を確保するため取り組むこととなった。以上の経過をふまえ実際に着手したのは国際障害者の2年前,
1978年秋に北大交通計画教室の門を叩きスタートした。
2.社会活動と移動
社会の小単位は家庭である。移動は家庭内でも部屋から部屋,
食事,洗面と頻繁な小移動から,家族の糧を得る労働,教育,医療,家事,買物,
レジャー,集会など多岐にわたっている。 (図一1参照)極言するならぱこの途切れのない連続性によって社会生活は保たれていると言えよう。もし,移動を制約されると活動は止まり,社会から隔離され,ついには閉じ込められた生活を余儀なくされ,自立の芽も摘みとられてしまうことになる。
3.我国の人口と移動制約者の概要
厚生統計協会によると我国の人口がほぼ正確にわかったのは徳川八代将軍吉宗のときといわれ,約2,000万人であった。その後,明治5年の調査で約3,500万人であるから150年間に35%というゆるやかな増加となっている。当時は生れたばかりの子供を殺す間引きという悪習によるものと飢飢饉医学の立遅れによる高い死亡率のためである。明治に入って間引きは禁止され農産生産物増によって食水準も向上し,多産多死型となった。その後の総理府統計局の「国勢調査結果」によると表−1に示すように多産少死型に移り,第2次大戦後のベビーブームを経て,昭和25年を過ぎると家族計画の普及と医学の進歩と相まって我国の人口は急速に老齢化してきた。
(表一2)
また,医学の進歩によって, 交通事故,薬害,生活環境の悪化等,後天的原因に依る身体障害者の生存率の向上もあって年々健常者に対する割合も増加している。これら,いわゆる移動制約者層は今後も増え続け,更に一般の人もやがて対象グループとなる趨勢にある。
身体障害者の種類および範囲は身体障害者福祉法第4条別表によって定められている。その概略は,視力,聴覚,言語,平衡,肢体不自由と,心臓,じん臓等内部障害に別れ,更に程度によって1〜6級に分類されている。
これらの全国総数は表−3,図−2に示す通り年々増加し,毎年9万4千人増え続け昭和55年には全人口の2,2%,老齢者を入れると11%,これに傷病者,妊産婦を含めると9人に1人となる。なお,身体障害者手帳交付はあくまで当人の申請によって登載されることから実際にはこれ以上あることは確かである。ちなみに札幌市における移動制約者は昭和56年4月現在,表−4に示す通り13万人強であり全人口の9.4%と推計される。
4. 調査目的
一般に人の交通は出発点のドアから目的地のドアまで途切れることのない線にとなって連絡され完成される。この線上に介在する道路,
バス, 地下鉄, 鉄道, 航空等を経由するとき,
ーつの障害があっても頓挫する。移動制約者対策はこれまで都市計画上の建築工学の立場からアプローチした研究例は多く見受けられる。しかし,交通体系上から検討されなけれぱ真の解決はありえない。
したがって一つの交通施設でなく点と点を結ぶ線上にいかなる障害が連続性を阻んでいるかを知ることと,
また,それぞれの担当者においても全体交通の中で受け持つ部分の位置づけを認識することは非常に有意義であると考える。
以下は札幌市において身体障害者と65歳以上の老人を対象に行った交通実態調査の結果を述べる。
5.調 査 結 果
5-1 昭和54年12月の例
調査対象者は札幌市に居住する18歳以上の身体障害者手帳所持者で,肢体,視力,聴力,
じん臓障害の4団体と,三つの軽費老人ホームの入所者とした。身障者団体としたのは札幌市は人権尊重の立場から手帳登録者の住所を公開していないためである。
調査票は, 1週間における外出行動に関する項目とし,配布は障害者団体362名,回収率51%。,老人は144名,回収率83%,身障者の平均年齢45歳,体が不自由になってからの年数10年以下23%,20年以下15%,20年以上62%と大部分の人の障害は固定しているとみてよい。老人の平均年齢は74歳,
職業に就いている人, じん臓障害44%,聴力34%,肢体不自由者30%,老人1.7ブ。となっていた。
5-2 移動制約者の外出行動
移動制約者全体の平均外出回数は0.64回/日・人,最も多いのは聴力障害者1.1回/日・人,次に肢体不自由者0.84回/日・人,車いす利用者と老人は職業に就いていない人が多いためか0.36〜0.39回/日・人と約3日に一度と極めて少なくなっている。昭和50年の道央圏パーソントリップによると札幌市は3.0トリップ/日・人となっており,外出回数の比較的多い聴力障害者とて,健常者の1/3にすぎづ,移動制約者の社会参加は制約されていることを如実に示している
外出目的は表−6に示す通り, 日常生活に必要な買物は全者を通し,高率となっている。
じん臓障害者の通院は高率となっているのは人工透析など定期的治療を要することによる。また,肢体不自由者,聴覚障害者を除いて通勤の低いのは,
自宅で出来る仕事に就いていることと,老人はすでに離職しているので,買物と通院に集中している。
一方外出手段は表一7に示す通り, バス,地下鉄, 市電,国鉄等の大量交通機関を比較的多く利用しているのは老人,聴力,視力,肢体不自由者で,個別交通を利用しているのは車いすの人65%,
じん臓障害者46%と多く, とくにじん臓障害者は運転免許の保有率56%と他の2〜3倍となっており,
自家用車は重要な交通手段として位置づけられている。
5-3 交通施設,機関に対する意識
移動制約者が現在の交通施設,機関に対し,
いかなる不満を抱いているかを道路(歩道,横断,道路標識), バス(車両,案内サービス),地下鉄(車両,駅施設,
案内サービス), タクシー(車両,乗客サービス)について,その要因別調査結果を図−3に示す。
不満の程度は各自異なるものの,老人とじん臓障害者,老人と肢体不自由者は常に「バスのステップ」,「地下鉄の階段」の垂直移動を不満の対象とし,視覚,聴覚障害者は地下鉄,
バスの案内サービスと道路標識などの交通情報案内と横断を不満としている。
これら交通施設の不便なために外出を断念した人は全体の45%にも及び,
その中で老人,車いす利用者は特に多い。
5-4 道路に対する意識
歩道に対する意識は表−8に示す通り,不満を感じていると答えた人は視力障害者74%,車いすの人55%,肢体不自由者46%,次に聴力障害者に多く,
じん臓障害者,老人は少なくなっている。不満の理由は歩道上の障害物が多く,
とくに視力障害者は64%となっている。その対象物は歩道上の違法な駐車,
自転車,出店,看板と中央寄りに位置する道路標識,電柱が歩行上の支障となっている。この外,街路樹は一般の人に好感を与えるが支障となっている。
一方, 車いすの人は歩車道段差に70%も集中している。実際に点検してみると段差すり付けを行っている所でも2cm以上あり,介助のとき安定を失う箇所にしばしば遭遇している。
道路標識,標示は表−9に示す通りで,視力障害者は標識の見えないことより,標識柱が歩道上に不規則にあることを問題としていると思われる。
聴力障害者の不満は標識が目立にくい所にあるに75%も集中しているのは.
一度見逃すと介助人のいないとき,近くの人に尋ねることもできないので目的地に着くのは困難となるそうである。他のじん臓障害者,老人も66%,63%となっており,このことは一般健常者にもあてはまるものであり,今後の交通情報のあり方,すなわち標識の工夫と他の伝達方法を併せて考える必要がある。
表−10の道路横断に対しては, やはり視力障害者が94%も不満を訴えており,
次に肢体不自由者,車いす利用者となって,
その理由は「信号の変化がわかりにくい」に74%,車いすの人は歩道橋より信号サイクルの短かさを上げ,その他の人は歩道橋をとりあげている。全体に道路横断に対し多くの人々は不満を持っていると言えよう。
5-5 道路構造のあり方
本調査の中から道路に関して特に多い意見を整理すると表−11に示す通りとなった。その分野は道路の不法占有に関する管理,道路構造に関する改築,維持補修と交通管理にかかわるものに分けられる。また,移動制約者のそれぞれ困難とする具体例とそれに対するおおよその対策指針を示した。
表中の困難とする分野(1)〜(11)は移動制約者ばかりでなく健常者であっても,手荷物のあるとき,幼児連れのとき,体調を崩しているときなど特殊条件でなくとも同じように不便であることが知れよう。すなわち,移動制約者の困難とする点は一般健常者にも共通することがわかった。その対策を講じることは一般の人々も利用し易くなることは明らかである。
しかしながら移動制約者の個人差は千差万別である。よく知られている例として,車いす対策の段差切り下げは段差によって歩車道の判別をしている盲人は困るし,
また,肢体不自由者間でも,
スロープより階段の方が歩き易いという相反することも存在するなど,それら種々の整合性を図って実施しなければいけない。また,現実に改築の費用および特殊な地形など物理的制約も多々あって非常に困難な場合もあり限度もある。
これを補完する方法はこれまでよりきめ細かい維持管理と情報システム(点字マップ,
ラジオ,路側放送等)の開発,これと並行して道路管理者および一般の人々にも移動制約者の実情をよく理解するよう努め,困っている人に自然に手助けする風土作り(心のまち作り)をすることが物理的改善のおよばないところの効果的な対策であると思われる。
6.車いすオリエンテーリング
前章は調査票の結果を主に述べた。これらを確認するため,1982年6月と1983年7月に,障害者の権利を守る北海道連絡協議会(略称
障道協,15団体加盟)の協力を得て,車いすの人,肢体不自由者,視覚障害者,老人,健常者などを混えて札幌市内を点検した。
1回目は道路,建物,地下鉄の構造のいかなる箇所が不便か,
どう改善したらよいかを考えてもらうために体験していただいた。
点検ルートは買物,官庁街,観光の3コースを用意し,それぞれ参加者を振り分けて実施した。
道路では,車いすの場合,歩車道段差解消されていても勾配がきつくて自力で登れない,歩道横断勾配のため真直ぐ進めず斜めに進む。通信用マンホールの蓋の小さなギヤップのため不規則な方向転換をし,附近の歩行者と衝突し,共に被害者となる。
地下鉄の階段は身障者に限らず,老人はもとより健常者も大きなエネルギーを要し,車いすに手を貸せるのは優れた体力の持主に限られる。点字ブロックの途切れた箇所,道路,地下鉄共に案内情報の不足と,個々の案内のつながりをもっていないためのわかりにくさは予想を超えるものであった。
2回目の点検はこれらの不便さは具体的にどのように表われるかを検証するため,
2つのコースを用意し,障害者別に所要時間を比較してみた。
コースは国鉄琴似駅−札幌駅−池内デパートの4.8km(表−12)と,表−13に示す西区西野2条2丁目−西野バスターミナル−地下鉄西28丁目駅−地下鉄大通駅−池内デパートの6.4kmとした。
国鉄コースは情緒障害児小学六年(要介助)を健常者とすると,琴似駅から池内デパートまで,視力障害者51分,
1.6倍,車いす66分, 2倍強,半身マヒの人90分, 2.8倍となる。実際には自宅から琴似駅まで歩くか,他の交通機関を利用するので,ハンデイを持つ人は健常者の2倍以上の時間とエネルギーを消費するとみて大きな誤りはない。
バス,地下鉄コースは,健常者35分に対し,老人45分, 1.3倍,視力障害者64分,
1.8倍,義足の人58分, 1.7倍,車いすの人は地下鉄28条駅までタクシー,
自家用車を利用して46分, 1.3倍, しかし,タクシー代560円,地下鉄切符120円×2人(ボランティア2名)で800円,一般の人190円の4.
2倍もかかる。義足の人は通常外出するときはマイカーを利用している。それは長い距離の歩行は疲れ,翌日足が痛んで仕事に差しつかえるためである。また,
一見して健常者と見分けられないことから,混雑しているとき,押されたり,揺れに対し身体を支える事が困難なためである。
次に何故時間を多く必要とするか,表−13から読取ると,バスと地下鉄の乗換に健常者3分に対し,10〜24分,
3〜8倍もかかっている。その原因はバスのステップ高,地下鉄,狭い出札口,大通駅に下車してからホームの端にあるエレベーターへ,それもストレートに地上へ出れない。もう一度長いコンコースを経て地上へ出るエレベーターに乗換えなけれぱいけない。ホームからエレベーターの通路は車いすの幅やっとですれ違いも回転も出来ない。
視覚障害者は大通駅へ降りて,点字ブロックはあっても現在位置を知る情報は全くない。例えばエレベーター前の壁に点字板はあっても,その前に誘導する点字ブロックは途切れている。これらのことで下車してから立往生となり全く無駄な時間を費やしている。
老人,肢体不自由者は長い階段につきる。一歩一歩押されないよう人の切れ目を選び,心臓が悲鳴を上げ体内から飛出そうとするのをだましだまし登る。命がけの移動である。
車いすの場合,琴似駅桟橋の階段, 上下合せて六十段,
これはボランティアでも仮に駅職員に手伝ってもらうにしても腰痛の人も居るし,介助を一人で出来るエスカレーターを備えるべきである。この他,琴似駅のトイレは全て和式となっており,車いすの人は使用できない。
トイレは国鉄に限らず道路,地下鉄も不足している。このため車いす利用者の殆どは外出の前日から水分を控える涙ぐましい努力を払っている。生理的要求は何人も同じであり,幼児連れのとき慌てた経験を持つだろう。地下鉄ホームにある必要度の高くない水呑み場より,公衆電話とセットでトイレをホームの片隅に備えるべきと考える。
移動時間の調査は初めてのことであり,やや精度に欠けるうらみはあるものの,結論は「情報案内の不足」,物理的要因として「垂直移動の困難」この二つに集約され,細かな項目の一つ一つは身障者だから困るのではなく健常者にも共通することが明らかとなった。
宇宙にとって無限な時間でも個人には有限で貴重な時間,しかも何人にも公平に与えられた時間を本来の活動以外に費やすのはかけがえのない大きな損失である。
7.知られていない話
札幌市内に車いす用の公衆電話ボックスは7台設置されている。大きさは一般のより大きく,車いすの入れる幅となっている。車いす利用者は複合する障害を持つ人が多く,片手または両手の使えない人が多い。片手の利く人にこの電話ボックスに桃戦していただいた。
ドアを片手で押して,更に自力で車いすを進めることはいくら角度を変えて頑張っても入れなかった。そこで手伝って中に入ると,
1本のロープが下っていた。これを引くといとも簡単にドアは開き,今度は一人で楽々出れるのであった。入るときは極めて困難,出るときは楽々,どこかの国の学校とそっくりという笑えない本当のことです。
その2 義足の人の通動中, ラッシュ時のバス,地下鉄を利用し,やれやれ無事家に戻れたと,何気なく足元に目をやり片方の靴のないことに気付きびっくり,まさか片方のみ買うことも出来ず,無駄な出費も多いという。
その3
交差点の四隅に点字ブロックを設置されてあっても役立たない例が多いという。それは,歩道全幅でなく,歩車道すり付直前に2列ばかりの点字ブロックは歩道の真中を歩いているとき気付かないで通り過ぎてしまうという。また,隅のブロック間を結ぶ連絡がないため方向を誤まるという。つまり分岐点の連続性を問題にしている。
8.最近の話題
1983年10月,道社会福祉協議会はカナダ, アメリカ2ケ国へ身体障害者国際交流団を派遣した。過日その代表者に話を伺う機会に恵まれた。
それによるとアルバータ州エドモントン市とサンフランシスコでは,
日本のように歩車道段差のすり付け,点字ブロックも見掛けなかったという。しかし,車いすの人など,障害者は専任の介助者なしで自由に街に出ており,
また,都市バスの50%はリフト付きとなっており,車いすのまま乗り降りできるようになっているという。
日本の場合,歩車道段差すり付けは昭和57年度中に国道はほぼ100%,都道府県,
市町村道もすでに90%以上整備されている。それでも介助人なしに外出するには限られた範囲であり,
1人で外出するには強い意志と勇気を必要とする。また,車いすでバスに乗れるのは京都市,大阪府など存在しても,介助人のいるときに認められ,
1人で自由に利用できない現状にある。仮に日本にもリフト付きバスが導入されても諸外国のように回りの人が自然に手を差しのべる環境にならなければ,入れ物だけ先に出来ても中身の伴わないことに終り,何のための制度か奇妙な現象となるだろう。物理的改善と困っている人に自然に手を貸す教育も並行して進めなけれぱ効果は期待できないだろう。
交通の理想は,安全,確実,随時ドア・ツウ・ドアが最善である。移動制約者のこれを満足させ社会参加を促進させようという動きがある。
最近の日本コミニュティニュースによると車いすのまま乗れる軽四輪自動,
三ニハンディキャブバンをボランティアグループにより運行し,障害者の足を確保し,歓迎されている。その地域は北海道から鹿児島まで900台運行され,さらに1984年4月を目標に相互利用のためのネットワーク作りが進められている。ハンディキャブの場合,地方自治体の運行のように通常勤務時間以外は休止という制約のないかわり,経済的基盤,事故の処理が課題となっている。まだ試行錯誤中であるが成功して欲しいものと注目している。今後は自治体,ボランティアグループの提携により,互いの弱点を補なう方向に進むことが期待される。
お わ り に
移動制約者の実人口は介助者を含めると統計上よりはるかに大きなものとなる。また,高学歴,高齢化の移行は当然就労可能層(生産年齢人口)も低下し,就労者一人当りの支える非就労者数も多くなり,互いに苦しい社会となってくるだろう。一方,移動制約者といえども自分の人生を自分で決める決定権を有し,自力で精一杯生きる権利を保持している。これら自立に伴なう通勤,買物などに必要な移動を保障することにより社会参加も可能となり,それが社会全体の負荷を軽減することに結びつくと考える。
筆者は1983年10月,道社会福祉協議会の身体障害者国際交流団員として参加する予定であった。その時身の程知らずに紀行文を引受けたが,出発直前に体調を崩し参加出来なかった。気落ちした反面,駄文をさらす責任を逃れ正直なところほっとした。そのようなとき突如編集の方から標題のテーマで書けと命ぜられ困惑した。
交通も福祉も,その本質をよく知っていないし,またこれを論じる資格も力量も持合せていないことを承知のうえで雑談風に述べた。
本調査を実施するにあたって,札幌市身体障害者福祉協会,
アカシヤ会,中途失聴者協会,中国針難聴治療者の会,札幌市稲寿園,稲明園,拓寿園,障道協,道社会福祉協議会の方々に多大の協力を得た。
また,北海道大学工学部交通計画研究室五十嵐日出夫教授,佐藤馨一助手に懇切なるご指導を賜わった。ここに記して深く惑謝する次第である。
(北海道開発局土木試験所道路研究室主任研究員)
参 考 文 献