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北海道における総合交通体系とは何か

高 橘  陽 一

実態の不明確な「総合交通体系」
 最近我が国の国鉄経営問題を契機にして再び(10数年前に同じような議論があった)「総合交通体系の整備」と言う言葉を見聞するようになって来た。一体「総合交通体系」とは何か。自由主義経済社会の一角に存する我が国にとって「総合的な交通体系」とはどのようなシステムをイメージしているのだろうか。
 私は,最近の流行語?でこれほど概念だけが先行していてその実態を説明しにくい言葉は自衛隊を「戦力なき軍隊」と言う言葉があるのと双壁をなすと思う。
 ここに八十島義之助氏がまとめた説明(自由国民社)がある。少し長いが引用してみよう。「総合交通体系:国民経済の成長と近代化に適応し,かつ地域における経済面,社会面,環境の物的側面等を考慮して,各種交通機関の全体的構造がバランスのとれた効率的なネットワークを構成すること。連輸政策審議会が, さる昭和46年に昭和60年度を目標とする「総合交通体系」の答申を提出したのが政策に組み入れられた最初で10年を経過した57年7月,前回答申を見直し昭和65年度を目途とした望ましい交通体系のあり方を提言した。前回では一県一空港の整備,新幹線は延長7.000Km,高速道路7.600Kmといった大規模投資が提言されていたのに対し,今回(昭和56年案)は経済の低成長,エネルギー・環境問題,国の財政難などの制約条件が強まるとし,新規模建設よりも既存施設の再整備によるフル活用や運賃体系の弾力化などソフト面重視への発想転換を求めたものとなっている。」(高橋一部加筆)
 つまりこの説明を単純化すれば,「総合交通体系」の概念は経済社会に応じて変化するものであり,最近の概念によれば,新しい交通手段や施設の開発,建設よりも既存の交通手段の利活用を図る方向に考え方が変って来ていることが分る。
 ここにある「フル活用」という言葉に注目するべきと思う。つまり,利用価値が低くても各種交通機関がバランスのとれたネットワークを構成するべきなのだろうか?
 上に説明されている「総合交通体系」の概念にはいささか納得し得ないものを感じるのは私だけであろうか。まずバランス(平衡) とは何に対するバランスなのか。個々の交通機関がただ全部存在することか,国民の利用状況に対してのバランスなのか,住民の社会的速度(social speed)−後述−に対してなのか,経営の収支バランスなのか,或いはこれらの「総合」なのか等々要するに, はじめに言葉ありきで,何度も言うように,その哲学が,極めて不明確なのが「総合交通体系」である。道東のある市には,空港があり重要港湾があり,市内を国道が縦貫し,国鉄が通っていて, まさに「総合交通体系」の見本のような市がある。最近この市を通る国鉄線が,国の方針として他の交通手段ヘ転換する計画の対象路線に入ることが公表された。
 この市にとっては今後の地域社会づくりの根幹にかかわることであり,当然のことながら,地元市は国鉄線廃止反対の声を高くしている。この市の理事者とお会いしたことがある。その人が言うには「わが市には陸・海・空全ての交通機関が一応揃っている。(これはホント) しかるに今ここで当市を通る国鉄線を廃止することは(必らずしも廃止のみではないが)国の言う 「総合交通体系」のバランス論の一角を国が自らくずすことであり, 答申との間に矛盾があるのではなかろうか」と言うものであった。この方のお話の中では「総合交通体系」は個々の交通機関の集合を指していることは明らかである。これについて北海道全体についても同じような発想が起こっている。

国鉄地方交通線をどうするのか
 先般,道内国鉄のいわゆる特定地方交通線の一部が廃止(正確には廃止のみではない)対象予定路線( 1次8線214Km,2次14線1,242Km計22線1,456Km) として公表された。表一1に全国の1次選定線40線を示す。
 このことに際して多くの道内の報道は,北海道の鉄道は1, 2次の廃止予定線が廃止されれば北海道の鉄道の約36%強(全国では1, 2次合せて,現国鉄延長の13%弱)が廃止(としておく)されることになり,この結果,北海道の鉄道は大正年代末期の姿に等しくなる。これは北海道の今後の開発計画の展開にとって極めて大きな問題である云々という論調が多かったと記憶している。国鉄の赤字ローカル線の他交通手段への転換が,今後の北海道開発計画の展開にとってどの程度の支障になるのか分析結果をみたことはないが、必らずしも新聞報道のように悲嘆に暮れることのみであろうか。
 人や物は、用事もないのに,ヒマや金が出来たからと言って無暗に走り廻るものではない。
 人と物の流動する活発性を人・物のモビリティと言うが,経済・社会の進展につれて人・物のモビリティは,一見向上するかに見えるが,実は逆で,人・物−とくに物は,むしろ動かなくなる傾向がある。単純に考えても,バルギ−(粗大)な一次産品等は,現地で加工されて軽量化されて運搬されるようになって来たし,人はトリップの長い滞在型の旅行をするようになって来たこと等はその単的な一例である。
 1, 2次線の整理によって,道内の国鉄の姿が若し大正時代末期の姿に近くなったとして,大正末期の道内の鉄道総延長が約2.500Km,現在までの増加分が約1.500Kmとして,この間に道内の道路延長は約45,000Km増加して現在約80,000Kmあり,さらにこの間に道路の質が飛躍的に向上しモビリティの大半を担っていること,及び他の交通手段の充実も考えれば, 鉄道延長の減のみをドラスティックに喧伝するのは何如かと思う。
 交通問題は常に総合的にとらえるべきと思うゆえんである。

 

経済・社会の発展は物を運搬しなくなる
 かつて多くの交通経済学者や交通計画者達は,経済・社会の発展によって人と物が活発に動き出し,つまりモビリティが高まると考えた時期がある。
 しかし前述のように,これは正しくないことが実証されて来た。
 工場生産は原材料産地の近くで行い,軽量小型化して付加価値を高めて運搬するのが世界的な傾向だし,通信技術の発達は, 人の動きを劣勢化させる傾向がある。
 このことは,後に述べる如く,ここ20数年間におけるわが国の旅客・貨物の流動状況を概観すれば明白である。
 このことは,グローバル(地球的規模)で見ても同じことが言えよう。
 たとえば,鉄鉱石を大量にオアキャリアーで運ぶ代りに,現地で粗鋼まで一次的に加工する例,産油国が自国内に石油精製・化学の工場を立地する例等は,そのことを単的に説明している。
 図一1は.道内における最近数年間の人・物のモビリティを輸送機関別に示したものである。これを見て解るように, まず全体のモビリティは,昭和54年ごろをピークに, その伸びははっきりと鈍化内至低下の傾向を示しはじめて来た。これは国民の観光熱が最近北海道から九州・沖縄へ転換したことの他に,上述したような,経済・社会の変化による影響を如実に示しているものと思う。
 もう一点着目するべきことは人・物ともに鉄道のシェアが急速に低下して来ており, それに返して道内間輸送では自動車のもつウエイトが直線的にのびて来ており、この傾向は今後尚一層続く傾向を示している。
 図一2は北海道−本州間のモビリティを示したものである。交通機関別の傾向を概観すれば,道内間モビリティにおける鉄道と自動車の関係は,道−本州間のモビリティでは青函航路と航空機の関係に匹敵すると言えよう。
 最近の青函航路の不人気の惨状は,全く目を覆いたくなる程である。それにひきかえ空席率が高くなりつつあるとは言え航空機は今日,千歳−東京間に1日実に50便も大型高速機が就航しており,道民の足としてすっかり地についた感がある。

青函トンネルをどうするのか
 上述のような鉄道及び青函航路が不人気な中で,昭和60年の青函トンネルの完成が迫って来た。軽々に推論することは危険であるが,私の考えでは,青函トンネルが出来ても, この中を通る鉄道が在来線方式である限り, わずかに道南−東北間のモビリティには寄与できても道−本州間のモビリティの内大半を占める道央圏−本州間のモビリティは,将来とも人は航空機を貨物はフェリーを撰択する傾向には変化がないであろう。
 若し,青函トンネルを鉄道で利用し,道−本州間の人・物の輸送に最大に寄与出来る方法はつまり利用者が,他の交通機関より青函トンネル経路を撰好するためには青函トンネル経由の鉄道を旅客と貨物を共に運ぶことの出来る超高速鉄道方式−新幹線方式を採用する以外に手はないと思う。
 若しそれが不可能ならば, 多大な建設費と高度の土木技術を無駄にしないために,青函トンネルを有料道路として利用するべきと思う。
 この場合,道路断面としてはやや断面形状が変則であるが, ゛壮大なる赤字口ーカル線“(ある雑誌記事)になるよりは有効な利用法と言える。ある著名な交通評論家は,将来青函トンネルが国民の重い負担になり続けることのないためには,完成後直ちに両端の入口をコンクリートでふさいでしまい, これを当面鉄道で使用しないこととした方が良いと言う意見まで発表しており,残念ながら, これに対する有効な反論をまだ聞くことが出来ないところである。
 こういう意見が出る根元には,建前ほどには.北海道は全国民にとって魅力ある土地とは考えられていない一面があることも全く否定は出来ない。
 このことに関しては私なりの見解もあるが,ここはその場ではない。
 ただ強調したいことは,上記の評論家のような見解に対して, われわれ北海道民は,しっかりした哲学のもとに反論できる論点をもたなければならないと言うことである。若しそれが不可能ならば, 多くの識者も指摘するように, いかに多額の公共投資を続けても,北海道は,経済・文化の面において首都圏とは大きな格差をもつ今の状態からいつまでも脱却できることはないのではなかろうか。

新千歳空港をどうするのか
 千歳空港は機内アナウンスや,公表されている時刻表等では何故かこれが札幌(千歳)空港となっているのをいつも不思議に思っている。世界的に,大都市に存在する空港でも多くは空港の存在する地区名を正式の空港名にしているのが普通である。例えば,ロンドンのヒースロー空港,アムステルダムのスキポール空港などで,都市名を二つ重ねた例に西ドイツにケルン・ボン空港があるが,ここはボン市とケルン市に隣接しておりこの空港名は納得できる。しかし,札幌(千歳)空港はどうか。札幌市と千歳市の間には1市1町の2つの自法体があり,約45Kmも離れていてタクシーで50分9,600円(全日空資料)もかかることは道民でも知らない人もいるかも知れない。
 北方圏から来た私の知人も,サッポロ・エアポートの空港名に惑わされて,約10ドル(2.500 円) 20分を予定して空港前からタクシーで札幌へ向ったが, これが何と約40ドル(10,000円) もかかり仰天したうえ,途端に,札幌と北海道に関する印象を悪くしていた。彼日く,北海道人はいかに大雑把が特徽とは言え,これでは一人よがりに過ぎる,国際的に非常識な感覚である,とのことである。
 私は常日頃この「札幌(千歳)空港」の呼名(誰がどのような手続きで付けるのか知らないが)には疑問を感じている。
 このことについてどこからも何の意見がないのも私の不思議の1つである。いっそのこと誰かの人名にしてはどうか。世界には,アメリカ・ニュージャージー州のジョン・F・ケネディ空港があり,又フランス,パリにはシャルル・ドゴール空港があることは誰でも知っている。いずれも有名な国際空港である。
 千歳空港はそれほど札幌市及び道央圏との結びつきが強いことの例証でもあろうか。ここで触れたかったのは空港名のことではない。
 建設中の新千歳空港は,その規模において現空港と差はないようであるが,私の心配なことの一つは(既に成案があるのかも知れないが)新空港と,主としていわゆる母都市(便宜上こう呼ぶ)札幌市との間の人・物の輸送のことである。
 つまり,新千歳空港の゛足“をどうするのかということである。゛足“の不自由な大空港(新千歳空港がその範中にあるかどうかは不明であるが)はあり得ない。
 世界の大空港の大半は,空港ビル(通称ターミナルビル)から直接,鉄道か高速道路で母都市と連絡しているのが普通である。例えば西ドイツのフランクフルト空港は,地下から高速の地下鉄が,また地表からはリムジンバスが高速道路(アウトバーン)を経て,各々母都市フランフルト市の都心に直結しているし,わが国でも羽田空港のモノレールと高速道路,成田空港の新幹線鉄道と高速道路がやはり母都市東京の都心と直結している。
 新千歳空港の母都市札幌市への連結は万全であろうか。
 若し現千歳空港程度の国鉄への連絡或いは高速道路への連結では全く ゛足“の不完全な新空港と言わざるを得ない。
 最も望ましいと思われる母都市との連結方法は,物理的には全く不可能とは思うが,札幌市の地下鉄と国鉄千歳線を相互乗入れし,国鉄線の一部を空港ビルに引込むことだと思う。これが可能ならば,旅客は新空港から札幌市の中心まで乗換えなしで約30分で到着できる。
 この時はじめて,千歳空港は堂々と札幌(千歳)空港を名乗れよう。
 しかし残念ながら札幌市の地下鉄は,それが可能な構造にはなっていない。東京の二つの系列の地下鉄は,周辺の国鉄,私鉄と相互乗入れの範囲を順次広げており, これは利用する側にとってはまことに便利で,人のモビリティも活発になり,関連する鉄道が相互に営業成績を上げているのが実態である。
 この観点からすれば,外からの連絡性に乏しい札幌方式の地下鉄は,必らずしもうまい方式とは考えられない。
 交通施設の整備は今後の輸送体系の向かう方向に機準をあわせるべき人・物の移動は.個々の交通機関の物理的な速度能力のみで決まるものではない。つまり,個々の交通機関の速度を物理的速度(physical speed)と言うが,物理的速度は,混雑,渋滞等の社会的環境の影響を受けて, これが社会的速度に変化するのである。
 この社会的速度の中には,運賃と快適さの要素も含まれるべきかも知れない。
 早く目的地に到着できるならば,運賃と快適さを無視できると言うものでもない。人間のこのような性質を通じて,交通機関の撰択眼は大きく変化して来た。
 表一2を見て頂きたい。
 これは、わが国全体の過去約20年間における各輸送機関別の総輸送量の変化を示したものである。
 まず昭和30年代に,旅客・貨物の輸送量は,爆発的に増大したが, この増加分の大半を担ったのは,旅客では乗用車,貨物ではトラックであった。
 つぎの昭和40年代から50年代にかけては,旅客・貨物の移動は, はっきりと鎮静化の傾向を示しており、このことは,経済・社会の進展につれて旅客・貨物の移動はむしろ少なくなる傾向をもつとする前述の論点を立証していると思う。この間の石油事情は勿論考慮に入れても、最近10数年間の機関別分担の割合は,旅客では,やはり自動車の持つウエイトが高まっており,貨物では内航海運が卓越して来ている。
 この表から見ると,過去20数年間の国鉄のウェイトは低下の一途をたどっており, その公共交通機関としてのレーゾンデートル(存在理由)が奈辺にあるのか、 これに関する識者の見解を伺いたいものである。
 これらの傾向は,北海道においても全国とその傾向を異にするものではない。

さらに道路の整備が急がれる
 以上概観して来たように,今後,北海道の交通問題は要約すると,国鉄赤字ローカル線,新千歳空港,青函トンネルの3つが中心の課題となるであろう。
 この小論では,これらの問題の解決策の一端と思われる私案をあげて来たが,総合的に見て,わが国(そのミニチュアの模式として北海道も勿論)の基幹的交通の手段は, 自動車が中心になっているし,今後もこの傾向は強まることがあっても決して低下することはあり得ないと思う。車に代る新技術による交通手段も,今後いくつかは出現するであろうが〔例えば, HSS T (HighSpeedSurfaceTransportation) CVS (Computer-controledVehicleSytem) V ONA (VehiclesofNewAge) ICTS (IstermediateCapacityTransitSystems)国鉄M L500等〕いずれも,現在の自動車の役割を代行することは出来ないであろう。
 国民の大半にとって, 自動車は完全に゛足“の一部になった今, 多少の交通技術の革新ではこれを変更させることは不可能である。
 したがって国民の交通手段の選考に対応して,むしろ先行的に道路の高速化, より一層の安全化に向けてさらに道路の整備を進めて行かなければならないことは国民的課題でさえあると思う。
 とくに北海道にあっては,道民の生活の社会的速度を確保し,大量輸送に対処するためには,交通機関の全部あれもこれもではなくて,道路と空港と港湾の整備にウエイトをおいてすすめるべきである。
 この際,観過してはならないことは,各々の整備とも常に安全性を先行させるべきことである。
 要するに筆者の言いたいことは,「総合交通体系」のシステムとしての整備と言うことは,抽象的思考にもとずく形而上学的ポーズに過ぎず,真に今後の交通問題を考えるのならば,世界全体とわが国の動向を見極めつつ、いたずらに新技術の開発を夢みたり,効率が悪く将来性の乏しい交通手段にこだわることなく, まず,現実的解決を求め乍ら,かつ将来へ向けての過渡的なコンフリクトにも充分対応出来る交通の体系を希求するべきと言うことである。

(北海道開発局開発調査官)

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