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交通政策か交通技術か

宮 本  茂 樹

 本会は第一次第1期の開発計画が、戦後はじめて議せられるに当って、その交通部会の別動体として発足したものであって、当時は小樽商大の伊藤先生を中心として、主として交通政策の問題を研究することが主眼であった。この時代はまだ青函トンネルの着工が確定しておらず、北海道の開発には何といっても、このトンネルの完成が最大急務であるとして、その早期着工を要請することが急務であった。
 また、道路問題も緊急事項として、国道・道道の改良整備を声を大にして叫ぶ必要があったし、時期尚早の感はあったが、本道開発の大動脈として縦貫自動車道の計画も、まじめに考えられていたし、開発が進展するに従い、年々増大する貨物の取りさばきには、内航海運を盛んにする必要を痛感させられたし、鉄道問題にしても、石勝線の早期着工、その他重要路線の開通を促進する必要も叫ばねばならぬ情勢にあった。
 かような事項の実現には、もちろん財政上の問題もあるし、技術面の問題もあるので、とうてい一朝一夕に片付く問題ではないが、その緩急の度合いを計量する必要があるというわけで、多分に交通政策、交通経済の面より検討することが必要であった。幸いこのわれわれの意見が当局に滲透して、漸次開発計画の中に折り込まれていって、この20年余の間に着々と実現を見、あるいは実現に向かって進捗しつつある。そして近来は設立当初の如く、われわれのアイデアの発想を必要としなくなったが如き観を呈している。そしてわれわれの研究会の風情を見ていると、経済的に物を考える面よりも、技術的に物を見る風潮が盛んになって来ているように感ぜられる。しかし交通問題を技術的に研究する団体は、既に他に立派に会があって、われわれが若し技術一辺倒に傾く恐れがあるとすれば、屋上屋を重ねることとなるばかりかスタッフの面からいっても、もったいない話しであって、この点を反省する必要が痛感せられる。
 しからば交通政策上の問題で、われわれが関与すべき問題がもはやなくなったのかというと、私は、決して左様には思わない。これはひとり本道ばかりの問題ではないが、道路・鉄道・海運・航空といった各種交通機関を、如何に経済的に整備運用すべきかという問題である。この問題を解く緒口は、鉄道の赤字線の処理の問題がある。今日辺地の農村では、過疎現象で次第に人口が減少して来るとともに、残った農家の大半は、乗用車とトラックの1台位は持っている。鉄道分岐点のある街へ人が出かける時は乗用車で、農産物を運び出す時はトラックでという具合で、赤字線廃止に反対する地方民自身が、さっぱり鉄道を利用していないのである。反対する真の理由は、鉄道がなければ格好がつかないというだけでの話しであって、あたかも鉄道を装飾物の如く考えているのである。資財の二重投資、これ程の無駄はあるまい。いわんやこの赤字線の建設を未だに要望している地方があるにおいておやである。
 私は、3時間の行程のところは、当然自動車を利用すべきであって、鉄道の赤字支線等は廃止するのがあたりまえだし、都市から都市を結んでいる幹線鉄道にしても、今日の急行停車駅以上は残し、信号所位はこの中間にあってもよいが、中間駅は廃止すべきだと思う。中途は自家用車とバスで結べばよい。逆に6時間以上の行程を走る長距離バスや路線トラックは、徒に運転手を疲労せしめて、交通事故を頻発させるので、これらの貨客は、むしろ鉄道を利用させるべきである。
 つぎに航空であるが、現在最も利用度の高いのは札幌−東京間、東京−福岡間、大阪−九州各地間であることでもわかる通り、大体現在の国鉄でこの時間を要する行程が空路利用となっていて、将来新幹線が全国的に完成した場合でも、空路の利用には変わりなく、大体遠距離か新幹線の利用の不便な中間位のところが、最も利用率が高いと思われる。
 貨物はこれとは一寸趣を異にして、わが国の如く四面海にめぐられている国では、とにかく貨物は最も近い海港へ運ばれて、そこから船舶を利用するのが一番効率的ではあるが、従来は荷積み、荷卸しに時間と労力の多くを要した関係上、鉄道を利用するものが多かった。今日の如くフェリーボートやコンテナ船が発達した時代においては、この様な輸送も考慮されるべきであると思う。
 以上のように交通体系を考慮して、本道の開発を再検討する必要が生じて来たわけであって、一般的にいっても二重投資や、無駄輸送は許されない筈であるが、いわんや本道の如く開発途上にある地帯では、無駄排除は開発費の節約上必要であって、本道的な交通体系の策定ということは、わが交通研究会の好個の研究課題ではないかと思う。その手はじめはまず赤字線(国鉄・バス・路線トラック)の廃止問題であって、このためにはいろいろな摩擦が起るであろうが、左様なことを恐れていては、何も仕事をすることが出来なくなり、有名無実な会を存続せしむるならば、むしろ脱退したいと思っている。
 

(本会理事)

あとがき
 昭和41年7月9日の、当研究会総会において事務局長に就任されて、爾来会報第118号から編集を担当され、かつ一切の事業遂行を一手に推進されてきた石藤国夫事務局長には、かねがね業務多忙の故をもって辞意をもらされていましたところ、去る9月18日、病気のため金谷病院(豊平4の2)に入院され、しばらく療養を続けられることになりました。同氏の献身的なご努力に対しては、われわれ一同常づね感謝の意を表していたところでありますが、ここに退任のやむなきに至り、心から残念に思うとともに、全快の一日も速かならんことを願うものであります。
 当研究会としては、去る9月28日に役員会を開催して対策を協議した結果、当分の間瀬藤智雄副会長に事務局長の兼務をお願いし、会報編集には梅木通徳理事が、また事業実行には清水武夫理事、松沢太郎理事および林英雄理事が相連絡して担当することといたしました。
 当研究会のあり方については、本誌の「交通政策か交通技術か」のなかで宮本茂樹理事が、警鐘を鳴らしておりますとおり、設立当初とは確かに異なった方向をたどりつつあります。こうした事実は意識的に変わってきたことではありませんので、今後幹事会および事業実行委員において検討してもらう必要があると存じますが何れにせよ会員各位のご協力により、今後ますますこの研究会が発展しますよう念願いたすものであります。
 当研究会の主な事業は、研究会および見学会の開催、調査の受託、会報の発行にありますが、最も大切な事業の一つは会報の発行で、その毎回の投稿状況をみると、新人の原稿の少ないことが気になります。道では、最近中堅幹部がプロジェクトチームをつくって、交通問題の研究に取り組みはじめたと聞いておりますので、そうした人たちの研究発表の場として本会報の利用を願いたいものだと思います。
 ただし、それにもまして現会員各位のご投稿を、心からお待ちしております。なお、ご投稿は、原稿用紙に横書きにして下さい。

(梅木生)

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