札幌市における移動制約者の交通特性
千葉博正・佐藤馨一・五十嵐日出夫
1. はじめに
いわゆる健常者に比べ,一般に心身障害者と呼ばれる人々や老齢者・傷病者の多くは,
日常生活を送る上で各種のハンデイキヤツプを受けているといえるが,
なかでも移動の自由に対する制約は最も大きなハンデイキヤツプの一つといえるであろう。
これまで交通の分野においてこのような人々は,移動制約者や交通弱者・交通貧困者などの呼称の下に,
その対策が論じられてきた。ここにいう交通弱者もしくは交通貧困者とは,
しばしばいわれるように「自動車を運転できないか,
自動車を優先的に使えず,
しかも適切な公共輸送サービスを適当な費用で利用できないために移動を制限されている人々」である。いわば現代の自動車化社会における貧困の問題としての意味合を有しているといえる。しかしながら今日の我国において,
このようないわば「経済的貧困者問題」や「過疎交通問題」を,
上記の心身障害者や老齢者の交通問題と同列に論じるには無理があろう。特に比較的よく公共交通機関の発達している都市部において,
両者の抱える問題は大きく異なっているといえる。
以上の観点から,本論では特に移動制約者として上記の身体障害者や老齢者を対象として,都市における公共交通システムの抱える間題点を明らかにしようとするものである。
2. 老齢者の交通特性
老人の交通特性は,一般にその生活圏が峡小であるところから,近所への買い物や散歩など徒歩による交通が多い。
しかし本論では移動制約者に対する公共交通システムの問題点を探ろうとするのが主な目的であるから,
ここでは特に徒歩交通は考えず老齢者が公共交通機関を利用する割合の多い交通,主として郊外地から都心部までの交通を対象に,老齢者の交通行動の特性をみていくこととする。
老齢者の交通行動をみる場合,職業の有無によってその交通行動は大きく相違することが予想される。また一方において,
有職者であっても自営業や隔日出勤を行なっている場合など,
一般の通勤交通とは取扱いを異にする必要があるものと思われる。そこで本論では老齢者を,
普段家庭内にいる「在宅者老人」と,
ほとんど毎日のように通勤している「通勤者老人」,老人ホームなどの各種施設に入居する「施設入居老人」とに類別して取扱うこととする。このうち施設入居老人は後述することとし,
ここでは在宅者老人と通勤者老人について取上げる。
一般に老齢者の外出頻度は他の年齢層に比べて,
少ないのが普通であるが,老齢者の中でも在宅者老人と通勤者老人では大きく相違し,在宅者老人の場合1ケ月のうち都心都まで外出する回数は僅か3回程度にすぎないことがわかる。
(表−1)
また在宅者老人は,
他の年齢層の在宅者と比較しても都心部まで外出する例は少なく,
働き盛りといわれる40歳代・50歳代の年齢層の人々に比べると20%前後も少ないことがわかる(表−2)。このことは,同じ在宅者であっても,職業の有無による差が大きく影響しているものと思われる。
在宅者の外出目的をみると, 買物目的の場合が34.8%で最も多く,次いで通院目的のものが26.1
%,娯楽レジャー目的のものが12.0%となっている。在宅者老人の大部分が離退職者であるところから,業務目的の交通は6.9%にすぎない。このように在宅者老人の外出行動(郊外地から都心まで)の大部分は買物・娯楽レジャーなど広い意味でのレクリエーション行動といえるものであり,在宅者老人が都心まで外出する場合,
2人にl人はこのような目的の外出であるといえる。
在宅者老人および通勤老人が普段最もよく利用する交通機関を表わしたものが(表−3)である。在宅者老人・通勤者老人とも,
バスや地下鉄などの大量交通機関を利用している例が多く,通勤者老人の71.0%,在宅者老人の92.2%が大量交通機関の利用者である。在宅者老人に比べ通勤者老人の場合は,
自家用車・会社の車などの個別交通機関の利用が多いことがいえるが,
これは職業上の地位や家庭内で優先的に自家用車を使える立場にあることなどの理由によるものと思われる。
図−1は, これらの老齢者が日頃よく利用する交通機関に対し,
どのような不満を感じているかを表わしたものである。通勤者老人と在宅者老人とでは評価項目に相違のあることが認められている。すなわち,通勤者老人にとって最も不満の多いものは,バスと地下鉄の乗継システムについてであり,40%の人々が不満と感じていることがわかる。これに対し在宅者老人の場合は,
バスや地下鉄(駅舎も含む)それぞれについての不満が多く,乗継システムについての不満は少ない。このことは,
両者において利用頻度や利用時間帯が大きく異っているところから,これらによる影響が大きいものと思われる。このような不満の原因として,階段やバスステップなどを挙げている例が多く,老齢者にとって垂直のサーキユレーションが大きな負担となっていることを示している。またこのことは後述するように,身体障害の場合と同様であり,移動制約者の交通行動を示す特徴の一つといえる。
3. 身体障害者・施設入居老人の交通特性
いうまでもなく身体障害者の外出行動は極めて制約されたものであり,障害の種類によっては単独で外出することがほとんど不可能である場合が少なくない。
(表−4)は,身体障害者の人々が外出するに際し,介助者が必要とされるか否かを障害の種類別に示したものである。車いす利用者・視力障害者の多くが介助者を必要とし,腎臓障害者も介助者を必要とする割合が少なくないことがわかる。(表一5)は身体障害者と施設入居老人の外出行動を示したものである。施設に入居する老人も身体障害者と同様あるいはそれ以上に外出回数が少ないことがわかる。また,身体障害者においては,
介助者を必要とする割合の少ない種別ほど外出回数が多いといえるが,全体としての平均外出回数は0.64回/日・人であり,健常者の場合と比較すると僅か4分の1程度であることがわかる。
このような身体障害者や施設入居老人の外出目的をみると,障害の種類によって様々に異なっていることがわかる(表−6)。各障害者とも買物を目的とする外出が多いといえるが,腎臓障害者においては通院目的の外出が最も多く,
車いす利用者や視力障害者においてはレジャー目的の外出が,聴力障害者においては通勤(業務を含む)・通学目的の外出が比較的多いといえる。聴力障害者に比べ,
腎臓障害者や車いす利用者,施設入居老人などの通勤・通学目的の外出が少ないのは,既に離退職していたり,自宅内におしても仕事ができる職種に就いている例が多いことによるものと思われる。
このような身体障害者や施設入居老人の交通行動を利用交通機関の上からみると,ほぼ2つのグループに類型化できる(表−7)。第1のグループは比較的よく大量交通機関を利用しているグループであり,聴力障害者や視力障害者・施設入居老人などがこれに含まれる。これに対し,
車いす利用者・腎臓障害者などは個別交通機関を利用する割合が比較的高く,
第2のグループといえる。このグループはいわば現在の大量交通機関から疎外されたグループであり,移動の自由を最も厳しく制約されているグループてあるということができる。
これらの身体障害者や施設入届老人が現在交通施設に対し,
どのような不満を抱いているかを表わしたのが(図−2)である。ここにおいても不満の形態は2種類に類型化することができる。すなわち,肢体不自由者や腎臓障害者,施設入居老人などは地下鉄施設・バス車両などに強い不満を示しているのに対し,聴力障害者の多くは,
バスや地下鉄の案内・道路標識など交通情報施設に対する不満が強い。
さらに,身体障害者や施設入居老人にとって,
どのような交通施設が外出行動を阻害する要因として意識されているかをみると,肢体不自由者や腎臓障害者・視力障害者などはバス車両を最も強く意識し,聴力障害者や施設入居老人などは地下鉄の案内など交通情報施設を強く意識していることがわかる(図−3)。
以上は移動制約者の大量交通機関に対する利用実態と,意識構造をみたものであるが,個別交通機関(主に自家用車)の所有状況によって身体障害者の外出回数の相違を表わしたものが(表−8)である。視力障害者を除くいずれの障害においても,
自家用車を保有する世帯の方が非保有世帯に比べて外出回数が多くなっており,身体障害者にとって自家用車は移動の自由を確保するための重要な役割を担っているといえる。特に腎臓障害者においてこの傾向が著しいのが特徴である。
4. 福祉タクシーの利用状況
我国において身体障害者のリフト付きバスが造られたのは, 1964年に行われた東京パラリンピックを契機としてであり,
この時は東京パラリンピックの大会用としてであったが,その後身体障害者の輸送手段としてリフト付きバスが重度障害施設や地方自治体に普及していった。ここで取り上げる福祉タクシーの多くも構造上は,
このリフト付きバスと同様であり,
車いすのままで乗降できるためのリフトと, 車いす1台分を収容できるスペースおよび介助者のための座席が用意されている。
このような福祉タクシーが運行されるようになったのは, 1974年11月岐阜市においてであり,その後四日市市・春日井市・名古屋市など各地に広まっていった。北海道において福祉タクシーが運行されたのは,旭川市における例が最初であり,現在旭川市の他に札幌市・釧路市・函館市・帯広市・小樽市において福祉タクシーが運行されている。
(表一9)に示すように,現在事業数は13社であり,寝台専用車8両,
車いす専用車9両,寝台・車いす兼用車3両によって運行されている。
このうち寝台専用車は病院への入退院や施設ヘ入居する場合なと牙U用方法が限定されている。
福祉タクシーは, 現在流し運転を行なうことは許されておらず,利用者は予め利用する前日までに,利用時刻と乗車人数・目的地などをタクシー会社まで連絡する子約制がとられている。利用料金は車両の大きさによって異なっているが,
中型もしくは小型タクシーと同額となっている。現在札幌市内において車いす専用の福祉タクシーを運行している会社は4社であるが,
うち3社は利用料金の中に送迎料も含まれ,残り1社については病院への入退院や施設への入居に限り送迎料は無料となっている。
このような福祉タクシーの輸送実績を示したものが,(表−10)である。比較的車両台数が多いためか,寝台専用車両の利用が多く,昭和54年度の場合寝台専用車両1台当りの年間輸送人員は1908.7人/台,
同じく年間輸送回数は708.5回/台てある。一方車いす専用車両の場合,
年間輸送人員は423.6人/台,年間輸送回数は226回/台であり,利用状況の上に大きな差がみられる。このような原因の1つとして,利用者層の相違を指適できるであろう。現在民間タクシー会社によって運行されているこの福祉タクシーは,特に利用者の制限はなく,
申込めば誰でも利用できることとなっている。このため,車いす専用車両の利用者はほぼ車いす利用者に限定されているのに対し,寝台専用車両の利用者は広く身体障害者以外にも及んでいる。このことから上記の寝台専用車の利用者の多くは,
一般の健常者が病気などの際に利用したものと考えられる。
一方車いす専用車の利用状況をみると,昭和54年度の場合,年間輸送人員は1,27I人.
輸送回数は795回であるから,平均乗車人数はl.6人/回であり,
介助者の付添う場合と単独で外出する場合とが相半ばしていることがわかる。また1日1台当りの利用回数(日曜祝祭日は運休)は0.8回であり,十分利用されているとはいい難い。さらに車いす専用車の月別利用変動をみると,夏季間に比べて冬季間の利用は大きく減少しており,車いす利用者にとって,季節によって外出回数が大きく左右されていることを示している。このことは車いす利用車に対するアンケート調査においても,利用者自身によって述べられており,特に積雪時においてはほとんど外出が不可能になるようである。
福祉タクシーの利用時間は午前8時から午後5時までとされており,
この間の利用状況をみると,午前9時〜11時,午後1時に集中していることがわかる(図一4)。
福祉タクシーを利用する目的の多くは,通院目的であるといわれており,一般の公共交通機関の利用が極めて困難な車いす利用者にとって,
日常生活上の貴重な交通手段であるといえる。
このような福祉タクシーの利用が十分に行なわれていない理由として,利用料金の問題を挙げることがでぎるであろう。札幌市における一般タクシーの場合,
トリップ当りの実車距離は3.9kmであり, トリップ当りの料金も827円といわれている。これに対し福祉タクシーの場合は実車距離が長く,
13.8kmと一般のタクシーに比べて約35倍以上となっている。このため利用料金も平均2,521円と高額であり,気軽に毎日利用できる状況ではない。
このことは,一般の健常者がタクシーを利用する場合には地下鉄などへの乗継ぎに利用している例が多いのに比べ,車いす利用者の場合にはこのような乗継ぎを利用することが困難であるところから,
目的地まで福祉タクシーを利用せざるを得ないためと思われる。
5. おわりに
身体障害者や老齢者に関する交通実態調査の結果をみると,障害の種類や程度によって交通行動が様々に異なっていることがわかる。平均外出回数は健常者に比べ極めて少ないといえるが,身体障害者の間でも聴力障害者と車いす利用者とでは外出回数に約3倍もの相違がある。
普段よく利用する交通機関も,老齢者や聴力障害者・肢体不自由者などは比較的よくバスや地下鉄など大量交通機関を利用しているのに比べ,車いす利用者や腎臓障害者などは個別交通機関に依存している。
このような利用交通機関の相違は,交通施設の評価項目の上にも表われており,模式的に表現すると,大量交通機関を利用するグループは交通情報施設に不満を惑じ,個別交通機関の利用者はバスや地下鉄の階段など垂直移動を伴なう施設に不満を感じているといえる。
このように,移動制約者の抱える交通問題は決して一様なものとはいえず,今後制度や施設改善の上で特に重要と思われるのは,
いかにして垂直のサーキユレーシヨンを各種の身体障害者にとって無理のないシステムとして用意するかである。駅舎内に専用のエレベーターを設置するなどの対策は今後強く要望されるであろうし,十分検討される必要があろう。また札幌市など積雪寒冷な地域において,地下鉄や地下遊歩道は,車いす利用者などにとって冬季間も安心して通行でぎる貴重な空間の一つであるといえる。今日これ等の施設において身体障害者の利用が少ないのは,出入口の大部分が階段状になっており,
車いすなどによるアプローチがほとんど不可能なことによるものと思われる。地下鉄駅をはじめこれ等施設と,
デパートやオフィスビルをはじめ,各種商業施設内のエレベーターを有機的に結びつけるなど,種々の対策が検討される必要があろう。このような対策が講じられることにより,車いす利用者や腎臓障害者の個別交通機関に対する利用形態は大きく変化するものと思われ,大量交通機関との乗継システムを主体とした,健常者の利用パターンに近い利用パターンとなることが予想される。
移動制約者の交通問題を考える場合,施設面での問題点はその所在が比較的明確であるように思われる。この場合,最も大きな問題点は,無理のない垂直移動を確保することであり,特に地下鉄駅など都市の基幹交通施設において対策が急がれているといえる。これに対し制度面での問題点は一様ではなく,単に交通計画に携わる者にとどまらず各方面からの参加を得て,対応策が検討される必要があろう。
いずれにせよ,
「公正」の名の下に各人がどのように負担を分かち合うのかという合意形成が,今日の社会におけるより根源的な問題であり,移動制約者の交通問題もまたその例外ではない。今後予想される老齢化社会において,
この問題はより大きなウエイトをもって論じられることを思えばなお一層の真剣な対策が望まれるであろう。
| 千葉 博正 | 北海道大学土木工学科助手 |
| 佐藤 馨一 | 〃 |
| 五十嵐日出夫 | 〃 教授 |
参 考 文 献
1) 三星昭宏:身体障害者の交通実態と問題点,交通科学vo1.6.23〜31
,1976
2) 溝端他:老人の交通実態と交通環境意識に関する調査分析,土木学会第35回年次学術講
演 概要集
3) 矢崎他:身体障害者のための公共交通システムに関する研究,土木学会第35回年次学術講演概要集
4) 千葉他: Limited Mobility Groupを考慮した公共交通システムに関する研究,
土木学会 第3回土木計画学研究発表会講演集, 1981
5) 湯川利和:交通貧困階層問題と都市計画, 現代の生活空間論,
京大西山研究室編
6) Se1ywp Gold Surth著,青山正夫他訳:身体障害者のための生活環境設計
7) 日比野正己:障害者の交通とまちづくり,水曜社
6)
桜井康宏:都市問題と「障害者とまちづくり」全国障害者問題研究会,
1955
7) 千葉他:移動制約者における公共交通の諸問題,交通科学vo1.11.
No.1 1981